"Go Europe"時代
■2003年
ビザ更新のためアメリカ出国の必要性に迫られ、たまたま飛び込んできた一通のメールだけを頼りにイギリスに渡る。
これがヨーロッパ圏における最初のツアーとなった。
イギリスでシングル「DO THE METAL」をリリース。6月にはヨーロッパ最大のロック・フェスティバルRoskild Festival(デンマークのコペンハーゲン近郊で行われ、最大収容人数約10万人)のサード・ステージでヘッドライナーをつとめる。
その後、カナダのバンドダンコ・ジョーンズとともに、ヨーロッパ12カ国を巡り、各地で絶賛を浴びる。
10月には香港のRockit Festivalにも出演するなど、日本に帰国することなくロック・ジプシーの生活を送る。
この年、巡った国は20カ国におよび、ステージ数は270を越えた。
■2004年
腰を据えてヨーロッパを拠点に活動することを決め、今まで発表してきた曲の中からベストをセレクト、レコーディングをしなおしたアルバム「Go Europe!」をリリース(ヨーロッパでは5月、イギリスでは7月Demolition Recordより)。
一方ライブ活動では、春にヨーロッパ初のヘッドライナーツアーを行い、12カ国を回る。
夏にはHultfred Festival(スウェーデン)をはじめ、ヨーロッパ各地20カ国以上ものフェスティバルに出演。イギーポップ、アッシュ、ミスフィッツなどと同じステージに立った。
同年末、彼らは最大の協力者と出会う。それは、ジューダス・プリーストなどを手がけたオランダ人プロデューサー、アティ・バウ。偶然ライブを聞いたアティは彼らのパフォーマンスに惚れ込み、みずから協力を申し出てきた。
12月、実に数年ぶりに日本に帰国、少年ナイフとの東名阪ツアーを行う。
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